ショートショート100本勝負


by landr40
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#77 蕎麦らしき空気

小波樹里亜は、自宅兼オフィスの一室で、教授がメール添付で送ってきた原稿を手にして悩んでいた。
”John said that while eating soba”
・・・sobaって、まあ普通にざる蕎麦よね・・・
まともに訳せば「ジョンは蕎麦を食べながら言った」である。
ただ、どうにも、外国人作家の書いた小説の日本描写にはツッコミどころが多い。
だいたい、この後、ジョンは蕎麦屋で日本人妻のセツコに不貞を告白して、離婚を切り出すのだ。
・・・ちょっと待ちなさい。蕎麦屋で別れ話をしますか?そもそも、話の展開上、蕎麦屋が必要ですか?
おそらく、この作者は、又聞きと想像だけで書いていて、日本の蕎麦屋に行ったことはないのではないか?
”この蕎麦屋は、江戸時代から営業しているんだ”
もっともらしく、セツコに語るジョンだが、そんな蕎麦屋ないから。
とは言え、この辺りの微妙なニュアンスをどう日本語化するのかが翻訳家としての腕の見せ所なのだろう。
しかし、「蕎麦を食べる」と言う表現は、日本語的にどうなのだろう。どうにも相応しくないように思える。
かと言って、「蕎麦をすする」や「蕎麦をかきこむ」と言う表現は、やや下品のように感じる。
すると、樹里亜の葛藤をあざ笑うかのように、胃袋がキューっと鳴った。
そういえば、朝から翻訳にかかりっきりで何も食べていないことに気付く。
・・・蕎麦か、久しく食べてないな・・・
窓に目をやれば、先ほどまで朝焼けだったのに、もう今は夕焼けの時間だ。
大学院生をやりつつ、教授の紹介で翻訳業に取り組むようになって、半年。最近では、ようやくまとまったお金が入るようになってきた。まあ、何というか、翻訳作家として知られる教授のゴーストライターみたいなものだ。
・・・ジョンになりきって、蕎麦を食べてみようかな。
樹里亜は立ち上がると、薄手のロングカーディガンを羽織って、外へと出かけた。


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# by landr40 | 2017-08-21 23:15 | ショートショート | Comments(0)
放課後の校舎裏で、芽亜里は煙草に火をつけようとしていた。
しかし、手にしたライターに暫し思いを巡らせ、やがて、煙草を懐へとしまい込む。
実は、そんなに煙草は好きじゃない。
そして、壁に体を任せるように腰を下ろすと、髪を撫で櫛ながら空を見た。
空には何もなかった。舞い散る楓も、飛び交う烏も見えない。そこには何もない空虚な空間のみが存在していた。
わがおさんはもういない。未遂ながらも自殺と言う方法で、小川真奈美は自分の中のわがおさんを消し去った。
「何、黄昏てんの?」
そこにやってきたのは、上村りえだった。
芽亜里は、りえを一瞥すると黙って前を向いた。
りえは、ふっと鼻から息を漏らすと、彼女の横に同じように腰を下ろした。
しばしの静寂が流れた。沈黙にしびれを切らしたりえが口火を切る。
「人を呼び出しておいて、何なのよ」
芽亜里はうつ向くと、そのままの姿勢でやがてぽつりと言った。
「本当のところはどうなの?」


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# by landr40 | 2017-08-17 16:51 | 中篇 | Comments(0)
「秋は夕暮れ。夕日の差して山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり」
暮れなずむ街並みの中を、芽亜里は今日の古典の授業で取り上げらた枕草子の一節をつぶやきながら歩いていた。
すれ違う人々は、飛び急ぐ烏のようにそれぞれの居場所へと帰っていく。
繁華街と住宅街を分断するように、川が流れている。この川を渡ると、私が行くべき場所がある。
しかし、そこは私の居場所ではない。私の居場所は、自分の中にある。それは、形容するならば身動きのできない監獄の中だ。
芽亜里は、橋の真ん中に立ち止まると、遥か真下で夕日を受けて赤く染まっている川の流れを見下ろした。
ここから、飛び降りることができたら、どんなに楽だろう、と思った。


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# by landr40 | 2017-08-15 22:14 | 中篇 | Comments(0)
「様あしけれど、鞠もをかし」
紅葉に彩られた放課後の校舎裏で、三人の女子高生たちは輪になって、今日の古典の授業で取り上げられた”蹴鞠”を楽しんでいた。
そして、校舎の壁にもたれた阿久野芽亜里は、茶色いフィルターの細長い煙草をくゆらせながら、その光景を微笑ましく見守っていた。
ただし、彼女たちが蹴っているのは毬ではない。三人の中央で毬の代わりになっているのは、同級生の小川真奈美であった。
「蹴鞠ってさ、手を使っちゃダメなんだって」
一人がそう言って、背後から真奈美の尻を蹴る。その勢いで真奈美がよろよろと前に進むと、
「わー、こっちくんな!」
正面の女子が、笑いながら、彼女の腹に前蹴りを当てる。
思わず、腹を抱えて膝をつきそうになった真奈美に対して、
「ほらほら、毬を地面に落とした奴が負けなんだからね。負けた奴は、罰として皆にアイスおごること!」
一人がつま先で彼女の顎をかち上げる。
のけぞって、ふらふらと後ずさった真奈美に対して、今度は横手の一人が、
「なに、アンタ、あたしにアイスおごらせる気?わがおさん、根性出しなよ」
と、わき腹に回し蹴りを入れた。
かかとがみぞおちに入ったのか、真奈美の体は横に折れた。
そして、込みあがるものに耐えきれず、右手で口を押えたまま、地面へとしゃがみこんだ。
右手の隙間から黄色い胃液混じりの吐しゃ物が、地面にぼとぼとと滴り落ちた。


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# by landr40 | 2017-08-14 22:27 | 中篇 | Comments(0)

#75 女優のひげ

白衣を身にまとい、しっかりと手を洗う。そして、指の屈伸運動を行う。
今日も俺の指は感度がいい。さて、仕事の始まりだ。

ここは「倶楽部エルメス」。マンションの一角を改造した個室形式のリフレクソロジーサロンだ。
もともと、俺はホストだった。店のトップにはなれなかったものの、そこそこの顧客はついていたと思う。
ただし、30を越えたあたりで、体と気持ちの限界を感じてきた。夜な夜な女性客相手に酒を飲む仕事に疲れてしまったのだ。
手に職をつけて、真っ当な仕事に生きるか・・・と思っていた時、この「倶楽部エルメス」のオーナー・西園潤子にスカウトされた。
「倶楽部エルメス」は俺も含めて、施術師は皆、ホスト上りである。おそらく、潤子さんはこのサロンをホストクラブの延長で考えている。
しかし、潤子さんの方針はどうでもいい。腕が確かな潤子さんのもとでリフレクソロジーを学んだ俺は、足の裏と言う小さい対象で、お客に癒しと活力を与えるこの仕事に、ホスト時代には味わえなかった悦びを感じていた。
こうして、施術師になって1年、おかげさまで、今では俺のマッサージは予約なしでは受けられないほどのリピーターを得た。
もちろん、潤子さんの宣伝戦略もある。「倶楽部エルメス」は、荒唐な都会の中の癒しのオアシスとして、ひそかな人気を誇っている。
ただ、そんな潤子さんの思惑以上に、俺にはこの仕事が向いていたような気がする。
夜の都会の暗がりで、女性と酒を共にしてひと時の快楽を提供していた俺が、今では、日の当たる場所で、足ツボを揉みながら、女性に憩いを与えている。
これは、似て異なるものなのだ。


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# by landr40 | 2017-08-07 23:05 | ショートショート | Comments(0)